■子どものくらし −ともだち・あそび−■
自然の中での遊びやふとした暮らしの中での出来事を集めました
信州地方でうたいつがれているわらべうたを集めたカレンダーです。
並んでいる友だちを、お互いに描き合うことにしました。
元気のいい、ちょっぴりわんぱくな正利君のくらしが、目にみえてくるようです。
この絵が描かれた昭和35年ころは、子どもたちのまわりは、自然がいっぱいでした。
自分より大きく美しい虫を描き、この絵の主役にしたところに、こどもたちの、そして、この絵の作者温井英の生活がにじみでています。
じっとみていると、この作者のはりつめた気持がつたわってくるようです。
紙版だから、大きな木の感じや枝の重なりなどがうまくあらわせています。
学校がえりのふとした体験をとりあげて絵にした、作者の身もまわりのできごとにたいするやさしさ、こまやかさ。
■家のひとたち■
家族を肖像風に扱った作品を中心にまとめました。
おかあさんと自分の関係を、おかあさんの仕事ぶりを中心に空間関係を考えながら構図化することに注意を向けました。
いままで、こわくて嫌いだったおばあさんが、この絵を描いていく中で大好きなおばあさんに変わっていったようです。
いろりにどっかりあぐらをかいて、茶わんに酒をついでいる父を画面いっぱいに大きく描いています。
教室画集「ありの子」の実践一石田和男
おい、小さいともだち、おんしらが、カいっぱいほった版画をあつめた゛ありの子画集″が出来上ったぞ。うれしいだろう。おれもうれしいわい。
はじめて版画をほった時の、あの画集とくらべてみろ、たった4回でこんなにうまくほれるとは思わなかっただろう。版画ちゅうものはこういうものなんやぞ。力いっぱいやりさえすれば、いくらでも、自分の云いたいことを云いあらわすことができるんだ。
だれでも、いつでも、どこででも、創りだすことができる生活のえであり、うたなんだ。
でも、これで良いというわけじゃないんだ。 これを土台にして、おんしらの、そしてみんなの生活をゆたかにするために、何をほったらよいのか、どうほったらよいのか、しんけんに考えなくちゃいけないんだ。
生活画作品集より
■農家のくらし■
農村のなかで、親たちとともに働くくらしをとおして、
身のまわりとらえていった作品をあつめてあります。
画面全体が明るく、人物を中心とした自転車、かご、草などの配置に無理がなく、好感のもてる作品です。
かこいのわらや土の質感のちがい等に、表現のくふうが見られ、色のかがやきがよくとらえられている作品だといえるでしょう。
深刻ぶった身ぶりや、おもわせぶりのない、ごく自然に農村の姿を描いた作品です。
すくない色かずのなかにうかがわれるこまかな変化それは、作者のこまかい心づかいのあらわれといえるでしょう。
牛と子どもたちの楽しい交流を感じさせます。
「じゃあ、紙をつぎたして描こう」と、大事な自分を描くことになりました。
いやがる子牛と、仕方なくひっぱって行く牛買いのおじさん、そして主のいなくなった運動場のしきワラと餌オケに、美智ちゃんの心がにじみ出ています。
■まちのくらし・むらのくらし■
子供たちが大人たちの暮らしに目を注いでいった仕事を中心に
集めてあります。
「こんな小さな人間が、自然を変えていくこんな大きな仕事をしているのだ」と、作者は大声で発言したかったのです。
遠くの田園、住宅群、狭い道にひしめく自動車、それらと対象的な高速道路の無機的な巨大さに、この作品のテーマがあるのでしょう。
この絵は、機関車の部品などを作る鋳造所を描いたものです。ダイナミックな重量感にひたらせながら、子どもたちに絵を描かせました。
泥まみれ汗まみれになって、重いトロッコを力いっぱい押している人の表現が、いかにも象徴的であります。
壁ぬりの仕事が主ですから、壁が画面に大きくしてあります。リアルに対象を見ています。
白の中のものは黒く、黒の中のものは白くして、白と黒の緊張した美しさの中に主題をしっかり表しています。
画面の3分の2をしめる朱色の空と、黒っぽい焦げ茶の工場が、市民の頭上にのしかかるように描いた構図からは、公害を訴える子どもの発言が読みとれます。
この絵は、自然と人間と労働とのからみあいがたくみにとらえられた、生活画の典型と言えるものでしょう。
運動場を夜の闇が包んで、人の眼の形のようになっており、中心の太鼓を叩く人、歌う人を囲んだ踊りの丸い輪が瞳のようになっています。
■戦争の記録■
自分の生々しい戦争体験を描いた作品です。
昭和20年3月10日の東京大空襲を体験した子どもが描いた作品です。